2014年1月12日 (日)

『第8回 名古屋中国春節祭』にいきました。

本日午後は、第8回となる名古屋中国春節祭を見に、栄セントラルパークへと足を運びました。

「春節」とは旧暦の1月1日を指し、中国で最も重要な祝祭日にあたります。

実際の春節は、今年は2月1日ですが、『名古屋中国春節祭』は、毎年1月の第二土曜日から3日間の期間で開催されています。

名古屋はもちろんのこと日本で最大の春節を祝う一大イベントとなっています。

ちなみに、一昨年(第6回)の模様はこちらから。

セントラルパークに到着。人の多さに圧倒されます!

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舞台では各種パフォーマンスが繰り広げられていますが、遠目でみるしかできません。

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まずは腹ごしらえ。出来立ての小籠包や水餃子、春巻きを食しました。

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SUN国際文化交流センター」のブースでは、”花文字”の実演がなされていました。

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何本もの筆を使い分け、見事に花文字が出来上がってきます!

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ちなみに、「くおん経営」のホームページにある「久遠(くおん)」の文字も、3年前にここで書いてもらいました。

レンズを望遠タイプに変えて、改めてステージ上のパフォーマンス撮影再開。

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メインイベントは、おなじみの『変面』。

瞬時にお面が切り替わるパフォーマンスが人気です。

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お面を外したところ、演者はキレイな女性でした!

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といった感じで、気温の低い日ではありましたが、人の賑わいと熱々の食事、そして楽しいパフォーマンスがあって寒さを感じさせない熱気に包まれていたイベントでした。

現在、政治上の日中関係はギクシャクしている状況にありますが、こうした草の根レベルでの交流はしっかりと続けていきたいですね!

なお、名古屋春節祭は、明日(1月13日)までの開催となっています。

お近くにお越しの方は、是非会場までお立ち寄りください!

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2011年11月28日 (月)

着地型旅行による「犬山城下町の歴史と文化を学ぶ旅」に参加しました。

 気持ちの良い秋晴れが続く今日このごろ。

 土曜日の11月26日は、朝から電車で犬山遊園駅まで向かい、着地型旅行による「犬山城下町の歴史と文化を学ぶ旅」に参加してきました。

 このツアーを企画したのは地元の旅行会社、株式会社ツアー・ステーション

 当日は、代表取締役の加藤広明社長自ら、ハッピを来て「犬山おもてなし隊」隊長としてご案内していただきました。

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 まず始めにおとずれたのが、紅葉の名所である寂光院(じゃっこういん)。

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 ところが今年の秋は紅葉の色づきが遅く、まだまだ大半の紅葉(カエデ)は緑色の状態でした。

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 上り詰めると、色づいた紅葉もあちこちに見えてきました。

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 いたるところに仏像があります。

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 展望スペースから眼前に広がる風景は最高!。

 特にこの日は雲一つない秋晴れで、遠くは名古屋の高層ビルまで見ることができました。

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 クリックで拡大して見ると、中心付近に高層ビルがあるのが見えるかと思います。

 ツアー・ステーションの旅の売りの一つが、同社が徹底的に調べ上げた自社作成資料による、「歴史と文化」に関する深い解説。

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 ここでは、犬山城を「白帝城」と呼ぶこととなったゆえんや、「日本ライン」のゆえんについて、画像を交えて説明していただきました。知りたい方は、是非このツアーに参加してみてください。

 犬山ホテルで昼食をとってから、犬山城に向かって徒歩で川沿いを歩きます。

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 犬山市は愛知県の最北部に位置しており、木曽川を挟んで向こうは岐阜県(各務原市)です。

 写真の向こうに見える犬山橋は、かつて自動車と列車が同じ橋を通っていましたが、今はそれぞれ別の橋を通行しています。

 ちなみに私も20代のころ、5年ほど毎日この橋を通勤路として通っていましたが、名鉄パノラマカーが目の前の通過する様は、なかなか壮観でした。

 余談ですが、こんな動画がYoutubeにあります。

 それはともかく、犬山城下町に着いて、最初に見学したのが「からくり展示館」。

 ここでは現役のからくり人形師、玉屋庄兵衛氏による実演も見ることができます(たぶん、土日のみ)。

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 さらには、「茶運び人形」のからくりの秘密や、犬山祭りの際に山車(やま)で使用されるからくり人形の操作方法まで、垣間見ることができます。

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 これらの「からくり人形づくり」で培われた「ものづくり技術」が、現在日本の「モノづくり産業の原点」となったとのこと。

 外に出て北を振り返ってみると、犬山城天守が顔を出しています。

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 南を眺めると、そこには歴史的な街並みが。

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 最近になって電柱の地中化が実現され、さらに風情ある町並みになっていますが、そもそも高度経済成長時代に拡幅工事が予定されていたのを、住民反対運動もあって何とかこの道幅を維持し続けたそうです。

 城下町の一角にある「愛知北エフエム」のスタジオの前を通ると、そこでは加藤社長がレポーターの男性につかまって、街頭インタビューが始まりました。

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 地元に根づいた旅行会社として、この界隈の人々とはみんな顔なじみ。

 大手旅行者の企画ではなかなか巡り会えないような、地元の生活者の方々と触れ合えるのも、このツアーならではの醍醐味です。

 本町通りの突き当りにある行列は、犬山の新名物「じねんじょドーナツ」を販売している「くいもんや源」さんの屋台。 

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 代表の林泉さんが中心となって生産している、犬山で獲れた自然薯(じねんじょ)を混ぜて作ったドーナツは、どこに行っても大人気です。

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 私も何度か食べたことがありましたが、出来たてを食べるのは今回が初めて。出来立ては温かくフワフワ、一晩たつとモッチリとした味わいが楽しめます。

 久々の再会を祝し、記念写真をパチリ。

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 解散した後は、来た道を戻って犬山城へ。

 犬山城天守は、日本に4つしかない国宝の城であるとともに、最近まで個人(成瀬家)所有であった城としても有名です。

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 天守内には、代々の成瀬家の城主の額が掲示されています。

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 ちなみに現在は、12代目城主の娘である成瀬淳子さんが理事長を務める「財団法人白帝文庫」の持ち物となっています。

 個人所有の城であったことの特徴の一つが、フェンスのない最上階。

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 行政が管理していたら、間違いなく転落防止のためにフェンスが張られていることでしょう。今なおこの状態ということは、転落事故は起きていないものと思われます。

 ちょうど夕暮れ時に最上階に上がったので、夕陽を眺めることができました。

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  皆、しばし夕陽に見とれていました。

 といったように今回の犬山の旅は、最高の天気のなか秋の寂光院と犬山城下町を堪能することができました。

 ぶらりと観光地を訪れる旅も良いですが、こうして地元企業ならではの情報やネットワークを持つ「犬山おもてなし隊」が案内する旅というのも、一度体験してみてはいかがでしょう?

参考)『ちょっと知的な犬山城ツアー 語り部が案内』

http://www.asahi.com/travel/news/NGY201110270041.html

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2011年9月 4日 (日)

えんさんの成都旅行記-5 (観光地編)

 過去4回にわたってお送りしてきた「えんさんの成都旅行記」、最後はさらに肩の力を抜いて「観光地編」をお送りいたします。

 行程編でも書いたとおり、2日目は成都市内の商業施設を視察しましたが、翌3日目は王浙さんのお友達でガイドをされている胡琛さんに一日いわゆる成都の人気観光スポットをご案内していただきました。

 午前中に訪れたのは、「四川省といえば大熊猫(パンダ)!」というわけで、「中国成都大熊猫繁育研究基地」。

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猛暑は去ったとはいえ、まだまだ昼間は暑い成都。

パンダも冷房の効いた室内でリラックス中です。

ちなみにこの写真尾パンダたちは、大体2歳くらいとのこと。

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こちらの写真は1歳くらい。パンダのかわいさは万国共通のようで、中国の子供たちも大喜びです。

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レッサーパンダ(小熊猫)も飼育されていました。食事が終わると、すぐに木に上って森の中に消えていきました。

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四川省の歴史で外せないのが、三国志の「蜀」。というわけで、午後には諸葛亮孔明と劉備玄徳が祀られている「武侯祠」を訪れました。

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こちらが劉備の像。

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その奥に、家臣である諸葛亮孔明の像が祀られています。中国の人々が、いかに孔明を尊敬しているかがうかがえます。

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「武侯祠」のすぐお隣にあるのが、レトロな雰囲気のショッピング街「錦里」。ここは蜀の時代から賑わった繁華街として有名なところだったそうで、2004年に今のような古い街並みが再現されたとのこと。

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駆け足で訪れたのが、詩人杜甫を祀っている「杜甫草堂」。
杜甫が成都にいたのはわずか4年とのことでしたが、杜甫にとって人生で一番充実した時間を過ごしたのが、この成都だったそうです。

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偉大なる杜甫先生との2ショット。

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お次は、市場調査編でも紹介した観光者向けストリート「寛窄巷子」。

まだ2009年に整備されたばかりのこと通りは、観光客のみならず地元成都の住民のショッピングや飲食スポットとしても人気だそうです。

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しばし星把克珈琲(スターバックスコーヒー)でカフェタイム。

グルメ編でご紹介した四川名物「火鍋」を堪能した後は、最後のお楽しみ「川劇(せんげき)」です。

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川劇 (せんげき)とは、中国四川省の伝統芸能で、京劇と似た様式で行われる演劇ですが、変臉(へんれん)と呼ばれる、瞬時にマスクを変える出し物が特に有名とのこと。

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それ以外にも、影絵ショーやマリオネットショー、二胡の調べなど次から次へと出し物が登場し、まったく退屈することなくショータイムを楽しみました。

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こちらが噂の変臉ショー。写真ではわかりづらいですが、会場は大盛り上がりでした。

という訳で3日目の「観光編」を振り返ってみましたが、1日でよくこれだけのところを回れたものだ、と改めて感慨にふけっております。

3日目に限らず、わずか4日間(現地滞在は実質2日間)の短い旅でしたが、非常に充実した時間を過ごすことができ、王浙さん、ガイドの胡琛さんと運転手の夏燕さんには大感謝です。

また、初めての海外一人旅ながら、片言の英語とほんの少しの中国語を駆使して(?)、何とかトラブルも乗り切って無事帰国できたことも、大きな収穫の一つでした。

改めて思うのは、「アジアは非常に近い!」ということです(上海までならセントレアからわずか2時間強!)。

「これからも、経済成長著しい東アジアの国々を訪れ、情報と活力を吸収して行きたい!」、そう強く感じた成都の旅でした。

参考ブログ)

2011年8月26日 (金) 『えんさん成都旅行記-1 (行程編)』

http://noir-kuon.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/-1-ac92.html

2011年8月27日 (土) 『えんさんの成都旅行記-2 (市場調査編)』

http://noir-kuon.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-028a.html

2011年8月29日 (月) 『えんさんの成都旅行記-3 (価格調査編)』

http://noir-kuon.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-39a3.html

2011年9月1日 (木) 『えんさんの成都旅行記-4 (グルメ編)』

http://noir-kuon.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-d66d.html

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2010年3月29日 (月)

三國連太郎と木下恵介

 年度末の飲み会から帰ってきて、ふとつけたテレビ。そこには87歳を迎えた俳優、三國連太郎が出演していた。私が大好きな男優の一人である。

 私の中での彼の代表作は、強盗殺人を犯した後に地元の名士に成りあがった男を演じた内田吐夢監督の最高傑作『飢餓海峡』。

 そして緒方拳演じる連続殺人犯の父親にして、息子の妻と肉体関係を持ってしまう罪深きクリスチャンを演じた、今村昌平監督の傑作『復讐するは我にあり』である(もちろん、2作ともDVDを持っています)。

 このように三國連太郎と言えば、善悪を超越した、業(ごう)を感じさせる圧倒的な存在感が魅力の、稀有な俳優である。

 そんな彼の半生と、彼が人生の師から受け継いだものを描いたのが、NHKの新番組『こころの遺伝子』である。

http://www.nhk.or.jp/idenshi/special/index.html

 その冒頭で、彼が映画界入りするまでの半生を紹介していたが、後の三國連太郎である佐藤少年は、何と14歳から俳優になるまで、日本の内地・外地をひたすら放浪していたという。

 番組ではその詳細には触れなかったが、そこで得た様々な経験が、彼のなんとも形容しがたい存在感を生み出したのであろう。

 そこからが私にとってまったく驚きなのだが、彼を映画界に招きいれ、初対面でいきなり彼を主役に抜擢したのは、当時黒澤明と並ぶ若手監督のトップランナー、木下恵介氏だったことだ。

 木下恵介と言えば、『二十四の瞳』に代表されるように、(黒澤明とは対照的に)女性や子どもなど弱くはかない存在である者を主人公に据えることが多い映画作家である。

 そんな木下恵介監督と、六尺豊かな三國連太郎。一見、まったく結びつきそうにない間柄にみえるが、俳優経験がまったくない佐藤青年をいきなり主役に抜擢したというのだから、木下恵介監督の慧眼(けいがん)には驚くばかりである。

 今日は何のオチもなし。ただただ驚き感服したので、ブログに記録した次第である。興味のある方は、レンタルでも良いので是非上記の作品をご覧あれ。ついでに下記の書籍も読んでみなはれ(私がおススメレビュー書いています)。

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2010年3月23日 (火)

女性にはおススメしません。

 ここ数年私の周りでは、新たにママになる子が増えている。彼女らがいるときには、子どもを巡る悲惨な事件の話題は、当然は憚られる。

 本日、映画館で観た『硫黄島の手紙』以来となる、クリント・イーストウッド監督の作品を、ホームシアターで鑑賞した。

 一昨年の作品である『チェンジリング』。最近ぼつぼつとブルーレイのソフトを購入しているが、こちらもアマゾンでの評判が良いので買ってみた。あらすじはこんな感じ。

 「1928年、ロサンゼルス。シングルマザーのクリスティン・コリンズは、9歳の息子ウォルターを女手一つで育てる傍ら電話会社に勤め、せわしない日々を送っていた。そんな彼女はある日、休暇を返上してウォルターをひとり家に残したまま出勤する羽目に。

 やがて夕方、彼女が急いで帰宅すると、ウォルターは忽然と姿を消していた。警察に通報し、翌日から捜査が始まる一方、自らも懸命に息子の消息を探るクリスティン。しかし、有力な手掛かりが何一つ掴めず、非情で虚しい時間がただ過ぎていくばかり。

 それから5ヶ月後、ウォルターがイリノイ州で見つかったという朗報が入る。そして、ロス市警の大仰な演出によって報道陣も集まる中、再会の喜びを噛みしめながら列車で帰ってくる我が子を駅に出迎えるクリスティン。だが、列車から降りてきたのは、ウォルターとは別人の全く見知らぬ少年だった…。」

 どんなジャンルの映画なのかという前知識もなく、142分と言う長尺のため、「最後まで集中して見れるか?」なんて心配したが、まったくの杞憂に。グイグイと引き込まれ、最後まで夢中になって観てしまった。

 この作品は、1920年代後半に引き起こされた「ゴードン・ノースコット事件」という史実に基づいて作られており、その内容は目を背けたくなるような苦い現実が、目の前に繰り広げられる。

 そのため女性、特にお子様を持つお母様には、この作品はおススメしません。しかし、素晴らしい作品です。

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2010年3月20日 (土)

『昭和天皇論』

 本日、日経新聞を見ていたら、小林よしのり氏の最新著作である『昭和天皇論』の広告がデカデカと載っていた。

 その中のキャッチフレーズに、”日本史上最大の巨人”とある。

 私は少なくとも、わが国における”20世紀最大の巨人”であるとは思ってはいたが、なるほど、確かに”日本史上最大の巨人”という表現は、至極適切である。

 歴史に詳しくない人であっても、わが国は(いつからか、とは断定しがたいが)建国以来、昭和20年からの十年弱の占領期を除き、ずっと独立を保っていたことはご存知だろう。

 戦中期の”神国ニッポン”、”神風”といった思想は行き過ぎかもしれないが、アニミズムにも通じる土着的な感性を今も保ち、歴史的な連続性を保持しつつ、なおかつ先進国たりえているわが国を称し、「世界歴史上の奇跡」と表現するのは、決して誇張ではない(われわれ日本人は、日頃意識することはないかもしれないが)。

 そんなわが国が、歴史上唯一、国家存亡の危機に立ったのが、昭和20年。

 過去をさかのぼれば、天智天皇の時代の「白村江(はくすきのえ)の戦い」、鎌倉時代の元寇、戦国時代のスペイン・ポルトガルによる”大航海時代”、黒船来航から明治維新、さらには日露戦争と、外国勢力の脅威に晒された時代はいくつかあった。しかし、これほどまでに国家の存亡が危ぶまれたのは、あとにも先にもこのときだけだ。

 正確に言えば、コロンブスのアメリカ大陸発見(この表現は好きではなのだが)以来、400年にわたって西洋人がアメリカ、アフリカ、そしてアジアと徐々に占領下に置く中、じわじわと日本の外堀が埋められ、そのクライマックスとして日露、日米の衝突があったと言える。

 そのような歴史的経緯を踏まえつつ、国家存亡の危機を乗り越えた時代の国家元首が昭和天皇である。

 立憲君主制という「くにのかたち」を侵すことを強く戒め、過去には二・二六事件が勃発したときのみ指揮権を発動され、そして昭和20年8月、ポツダム宣言受諾で意見が割れる鈴木貫太郎内閣に対し、自らのご意思を表明された昭和天皇。

 自分自身がリアルタイムで目にした(といってもテレビや新聞からだか)昭和天皇は、相撲好きと園遊会の「あっ、そう」くらいだ。多くの30代以上の日本人はそうだろう。ましてや20代以下にとっては歴史上の人物であろう。

 私の知らない昭和天皇、そして「昭和」という時代を、改めて深く噛み締めるためにも、早速本屋に走り、この本を購読してみたい衝動に駆られている。

 

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