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2007年9月30日 (日)

Win-Winの関係Ⅱ

このブログのいくつかの記事で、「自分さえ良ければよい」よりも「Win-Win」の関係を築くことこそが、真の成功へと導く、といった趣旨のことを書いてきた。この考えに派生して、「何でもかんでも商標登録」の動きや「ネーミングライツ」を通じた独占についても、疑問を呈してきた。

最近、飲食業の経営関連書籍を読んでいるが、またここでも「Win-Win」の関係を築き、より多くの人々に繁栄をもたらす格好の事例を知ることが出来た。それは、やや古いが平成15年に発行された『飲食店[激変に勝つ!]経営法(榊芳生著)』に書いてあった、鹿児島県串木野市のマグロ料理の事例である。この本によると、マグロ漁師を経てマグロ料理店を始めた店主は、マグロを知り尽くし、通常は廃棄されるようなあらゆる端材をも活用して、様々なマグロ創作料理を開発し、好評を得ているとのことだ。この店主は、あるときマグロからだしをとった「まぐろラーメン」を開発、これも店のヒット商品となった訳だが、彼がすごいことには、この秘伝スープのレシピを周辺のラーメン店に公表してしまったのである。鹿児島県の片隅で、自分だけが栄えていても高が知れている、レシピ公開を通じて、彼は「まぐろラーメン」を串木野市の名物に育て上げよう、と考えたのである。

コンピュータのソフトウェアにおいて、「オープンソース」という考え方があるが、まさにこの事例は、「ラーメン界のオープンソースや~」(彦馬呂風に)。

2007年9月21日 (金)

映画と経営

経営者や経営コンサルタントの生まれ育った環境を見ると、親が経営者であったとか、商売人であったというケースが多い。幼少のころより、経営・商売の現場を間近で見ることで、経営に関する苦労ややりがいのようなものを肌で感じることができることが、大きく影響しているのだろう。

翻って私の父親はサラリーマンであり、さらに人の上に立つ管理者でもなかったので、社会に出るまでは会社や経営がどのように成り立っているのかもわからなかった。では私の何が原点であるかというと、”エンターテインメント”である。お客様に感動・歓びを与え、その対価を得る。これが経営の基本であるというDNAが培われたような気がする。

エンターテインメントがどうあるべきか?を学ぶに当たって非常に大きな影響を受けたのは、映画である。とくに黒澤明に関しては作品やシナリオ、評論など読み漁り、「七人の侍」や「天国と地獄」、「用心棒」は10回以上は観ただろう。

映画、特に黒澤明から学んだことは、非常に大きい。一つは、映画産業は個人でなく、大人数を巻き込み一つのことを成し遂げなければならない。そして収入である興行成績は(色んな要素やブレがあるにせよ)、原則その作品の出来・不出来が反映される。

さらに、個人的に経営にあい通じる要素と思われるものは以下の通り。

・良い作品は「ひと言」で言い表せる。経営方針や商品コンセプトも、「ひと言」で表せるシンプルなものほど良い。

 ・・・「七人の侍」は「野武士の襲撃に困った農民たちが侍を雇って対抗する話」

  「生きる」は「胃がんで人生が残り半年と悟った公務員が、生きる証を求める話」 

・徹底して”映像”で表現する。=今はやりの”見える化”である

 ・・・「天国と地獄」では、仕込んだ薬品で燃やされたカバンからピンク色の煙が立ち込める。

・基本構想、脚本、キャスティング、撮影(演技)、編集など、それぞれのプロセスで手を抜いてはならない。あるプロセスの不出来を他で補うことは出来ない。また、ディーテイルのこだわりも重要。部分をおろそかにすると、全体を崩れる。

・絵はありのままを取るのではない。意図的に作るものである。これは先日の黒川温泉の例に通じる。お客様の目はごまかせない。徹底的に”本物らしく”つくりあげることが、日本のような成熟市場には欠かせない。

・黒澤明は、映画を見終わった後、「よし、明日からがんばりろう!」という気持ちを起こされる作品づくりを目指していた。組織運営や、サービス提供においても、相手方に元気を注入することが、何より大切ではないか。

・「赤ひげ」や「生きる」、「七人の侍」、「天国と地獄」ら作品群の主人公から、プロ意識や人としてどう生きるべきか?を学び取ることができる。彼らは名誉や営利を省みず、弱きを助ける。診断士も、そんな”サムライ”でありたい。

2007年9月19日 (水)

次世代DVD規格は普及するか?

ブルーレイか?HDか?? ハードを売りたいメーカーがコンテンツを売りたい映画会社を巻き込んで、壮絶な規格争いが本格化しつつある。ただし、話題になるのはあくまでこの覇権争いそのものであって、未だソフトの販売シェアは両者合わせてDVDの1%程度に過ぎないらしい。私は、映像にこだわるマニアを除き、消費者の大半は現在そして未来に渡ってDVDから移行することはない、と考えている。理由は以下の通り。

過去の事例として、音声記録メディアであるカセットテープからMD、さらにはiPODへの変遷、そして映像記録メディアであるビデオテープからDVDへの移行への変遷を考察し、DVDから(いわゆる)次世代DVDへの移行があり得るかを考えてゆきたい。

ユーザーが次世代メディアに移行するのは、ユーザーは従来メディアに何らかの不満を抱えており、その不満がハードを買いなおしても次世代メディアで解決するメリットが大きい、と考えたときに起きるものである。それを決定付ける要素は、①巻戻し・早送り時間への不満、②かさばることへの不満、③画質・音質への不満がコアな要素であろう。

テープからMDへの移行については、①~③のいずれの要素も改善し、特に①の巻き戻し・早送り時間が大幅短縮したことが、決め手となったといえるだろう。映像メディアにおけるビデオテープからDVDディスク移行も、カセットテープからMDへの移行と、まったく同様の理由による、と言える。

MDからiPODへの移行については、①と③はさほど変化がない。②について、メディアからハードディスクにしたことでディスクを複数持ち歩いたり入れ替えたりと言う手間がなくなったことが大きいといえる。もちろん、インターネットの普及やPCの性能向上によってネット上からのダウンロードや、ダビング時の時間短縮、自動的に曲名・アーチスト名がデータにつけられるといった要素や、アップル社による洗練されたデザインや操作性も無視できない。ただしこれらはあくまで副次的な要素であり、MDの進化形をSONYが出したにもかかわらず、iPODにスタンダードが移行してしまった本質的な要因は、やはりメディアを持ち歩いたり入替えたりする必要がなくなった、ということだろう。音質という点では、CD-Rへのコピーの方がiPODのmp3よりも上回っているにもかかわらず、あっと言う間にiPODに取って替わられてしまったということが、それを証明している、といえる。

さて、DVDから(いわゆる)次世代DVDについて、①~③の要素を考えて見ると、改善されるのは③のみ、それも(一度体験したら二度とDVDには戻れないとマニアは言うが)、一般消費者にとって画質については劇的な改善とまでは言い難い。iPODに対抗し、東芝やケンウッドなど国内メーカーが音質の優位性を訴えても、iPODのシェアが揺るがないのと同様に、DVDのシェアは揺るがないだろう。ましてや②についてはむしろ大型化し、ハードもソフトも高額化、となるとどんなに画質が良くとも一般消費者はうごかないだろう。

iPODの流れを踏まえると、映像もメディアの入替えしないハードディスクへ保存、という形で落ち着く、と考えるのが自然である。作り手が強化したい・PRしたい機能と、ユーザーが欲する機能とは違うのだということを、メーカー側は今一度よく考える必要があるだろう。

10/23追記 最近、ハイビジョンが見られる液晶TVとプロジェクターを購入した。一度ハイビジョンを体験すると、確かにDVDの画質は粗いことがよくわかった。うーん・・・、プロジェクターで投影した80インチの画面はともかく、20インチの液晶テレビでも結構気になる。こりゃ少なくとも、レンタルでDVDを見る映画ファンを中心に、再生専用デッキで5万円以下の安価な製品が出た場合、結構普及するかも。あ、プレイステーションがあったか。

2007年9月18日 (火)

判断と決断

『5%の人を動かせば仕事はうまくいく』(長谷川 和広著)を読んだ。

本書は、企業再生の実績を上げてきた著者が、心理学の観点からのアプローチによって、さまざまな立場の組織人に応用可能な、”人と組織を動かす秘訣”を披露している。

この本を読んで、ハッと気づかされたのは、「ジャッジメント(判断)とディシジョン(決断)は違う」、ということである。孫子の言葉で「巧遅は拙速にしかず」とあるように、じっくり考えるよりも不十分でも良いから先ずは行動することの大切さは、古今東西変わらない。

しかし本書においては、判断と決断を明確に区別した上で、ジャッジメントには時間をかけるべきで、ディシジョンは時間をかけてはいけない、と指摘している。不十分な情報収集や過去の経験から安直に判断するのは間違いの元である。また、すでに判断はなされているにもかかわらず、決断をためらったり後回しにすることは何の意味もない。正しく判断し、すばやく決断する、それが経営者や管理者に問われるスキルである、ということが非常に良く理解できた書籍であった。

2007年9月16日 (日)

感性は天性?

最近、黒川温泉を再生した後藤哲也氏の書籍、『黒川温泉のドン 後藤哲也の「再生」の法則』を読んだ。著者は、黒川で事業を営む温泉旅館の長男として生まれ後を継いた訳だが、年々寂れてゆく黒川を、日本一の温泉名所にまで育て上げた男である。

この本を読んで特に感銘を受けたのは、以下の点。

・鑑識眼・感性(センス)を磨くには、弛まぬ努力・勉強が必要。

 著者は毎年京都・軽井沢を訪問、由布院や飛騨高山などへも足しげく通い、『定点観測』をすることで、黒川をどうすべきか、観光地に訪れる顧客は何を求めているのか、を考え続けた。感性はこうした活動と考察の積み重ねによって養われたわけであり、決してセンスは天賦の才能ではない。顧客の視点で考えるから、まったくタイプの違う観光名所であるディズニーランドがなぜ顧客に支持され続けているか、その本質も彼は的確に把握することができる。

・「全体」がどうあるべきかを定め、その上で細部に徹底的にこだわる。

 一部の乱れが全体の価値を大きく損ねることを、熟知している。

・抵抗勢力を説得しても、彼らの考えを変えられない。実績でわからせるしかない。

 業界が違えど、再生には抵抗勢力が付きまとう。それをどう克服するか、重要な示唆を与えてくれる。「忍耐、そして忍耐」、「出番は必ず訪れる」という言葉も印象に残った。

・あるべき姿は、自然にできるのではない、つくるものである。

 演出し、本物らしくみせることが大切。これは黒澤明の映画づくりにも相通じる。黒澤は、花畑のシーンにおいて、花畑を見つけてそこで撮影するのではなく、トラック一杯に花を持ち込み、とにかく植えまくったらしい。なりゆきまかせではなく、手をかけて”あるべき姿”を作り出す、それが顧客の心をとらえるのである。

「信じる」ことの重要性

NHKの人気番組『プロフェッショナル 仕事の流儀』のDVDを購入して観た。

購入したのは、リゾート再生請負人、星野佳路氏の回。

一番印象に残ったのは、「観光業界に携わっている人たちは、”人に喜んでもらいたい・楽しんでいただきたい”という思いを皆持っている。これは普遍的な真理だ。私は、皆のその思いを信じる。」、という言葉だ。

私は以前、ドラッグストアを経営する会社の採用を担当しており、超売り手市場の薬剤師採用に携わっていたが、彼・彼女らもすべて、「人の役に立ちたい」という思いを持っていた。私たちはそこに賭けて、自らの思いをぶつけるた結果、多くの薬学生たちがその想いに応えてくれた。採用や組織運営において、様々なテクニックやノウハウはあるであろうが、絶対必要条件は、その根本にある”志”である、それを改めて強く感じたDVDであった。

2007年9月 7日 (金)

世界遺産

人類の長い歴史に中で創造され、現在なおその姿をとどめる貴重な財産、それが世界遺産である。社団法人日本ユネスコ協会のサイトによると、「世界遺産とは、地球の生成と人類の歴史によって生み出され、過去から引き継がれた貴重なたからもの」と定義してある。ちなみに日本の世界遺産として現在、法隆寺、姫路城などの11件の文化遺産と(京都、奈良などは包括的に登録)、屋久島など3件の自然遺産が指定されている。

ところで、日本の歴史的建造物で、もっとも長い歴史を誇るものといえば(正確なことは判らないが)、伊勢神宮、熱田神宮、出雲大社などではないだろうか。ところが、これらの建造物や地域一体は、暫定リストにさえ名を連ねていない。なぜなら、これらの神社は遺跡どころか脈々と受け継がれ、(表現は変だが)現役の神社として生きているからである。約2000年の歴史を持ち、なおかつ毎年初詣でを始めとして参拝客が絶えない。消して過去の遺物にはなっていないのである。

ドッグイヤー

21世紀は、「スピード経営の時代」と言われる。その時代の移り変わりの速さから、「ドッグイヤー」、さらには「マウスイヤー」などと呼ばれることもある。これは、犬の一年は人間の七年に相当し、ネズミの一年は人間の18年に相当することから、たかが一年、と思っても一昔前とは比べものにならないほど、驚くほど経営環境が変わっている可能性があるため、即断即決、そして即行動が求められる、という訳だ。

「スピード経営」の重要性は最近のことだと思っていたら、実は紀元前5世紀に孫子がすでに指摘していたらしい。「巧遅は拙速に如かず(上手くても遅いよりは、多少下手でも早いほうが良い)」というのが、その言葉である。「スピード経営」は最近の流行ではなく、経営における普遍的な真理である、といえる。

2007年9月 4日 (火)

どうなる?!ホワイトカラー

昨日のNHKスペシャルにて、ホワイトカラー業務の中国移転が進行しつつある、というテーマが取り上げられてきた。もはや製造部門のみならず、日本語と言う壁に守られ聖域であったホワイトカラーの業務にも、グローバルスタンダードの波が押し寄せてきた、というわけだ。これを実現可能としたのは、インターネットによって地理的な壁がなくなったこと、そして中国(特に旧満州)において日本語が達者な人が増えてきた(増やしてきた)ことにある。

その主たる目的は、もちろん労務費の差によるコストダウンであるが、私はむしろ、業務引継ぎに伴う仕事の棚卸とマニュアル化が肝である、と感じた。ホワイトカラーの仕事(番組では最も外注がなじまないと見られている総務が取上げられていた)は、とかく諸々の業務が混在し、各々の仕事が個人の裁量によって進められ、一見「その人しかできない」仕事と化してしまう。しかし、業務を他の人に引き継ぐ、ということが決まれば、自ずからそれを客観的な資料、つまりマニュアル化せざるを得ない。そしてマニュアル化してみると、「自分しかできない」ような仕事は実は少なく、その大半が他人へ置き換え可能な仕事であることが気づかせられることになる。また、他人に業務を移行させる過程を経ること、今までその都度裁量に基づき判断されたり、ルールが曖昧だったり徹底されなかったことから生じるムダが排除される、といった効果も実現される(実際番組では、担当者・事業所によってバラバラだった経理処理が、中国への外注化によって統一され、また身内同士による甘え・ミスの許容がなくなり、大幅な効率化が実現できたという)。

「決定で会社は儲かる」などの著書がベストセラーとなった小山昇社長は、自社において社員を特定業務に固定化させず3年に一度は異動させ、引継ぎ業務を通じて業務のマニュアル化をさせているというが、これも同様の狙いがあるからだろう。いずれのケースも、今後企業が生き残っていくためには、企業は意図的に変化を作り出し、業務をゼロベースから見直すきっかけを作り出していくことが不可欠である、ということが学び取れる。

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