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2007年3月25日 (日)

夢、目標

少し前の新聞に、松坂大輔の特集があった。

そこで目を引いたのは、彼にとって大リーグは「夢」ではなく「目標」であった、という一節である。具体的には、野茂英雄が大リーグで活躍するの(確か中学生時代)を見て、「夢」から「目標」に変わった、とのこと。

「夢」でも「目標」でもどっちでもいいではないか、と言えばそうではない。「夢」は遠いもの、実現しないかもそれないものだから、具体的な日々のアクションに結びつかない。もしくは「夢」はいつ実現させるのか期限があいまいなため、自分を甘やかし、「別に今日やらなくても別にいいや」と日々の努力を後回しにしてしまいがちになる。

一方「目標」は、「努力すれば到達できる」、「実現させるんだ」、という明確な意思が付け加わる。そして、「いつまでに実現するんだ」、「実現させるためには何をすべきか」ということも明確になるため、日々の努力が怠ることがなくなる。努力し続けられるようになる。だから「目標」は実現する。

仰木監督曰く、「イチローくらい努力すれば、イチローに追いつける。ただ誰もイチローほど努力できない」という言葉も同義語だろう。イチローは実現すべき目標が見えている。だからそれに向かって何をすべきか、見えている。だから日々のあらゆる場面での努力を怠りなくすることができる、と言えるだろう。

自分自身に問いかけてみる。「目標」を実現させる。だから日々努力すんだ、と。

2007年3月24日 (土)

技術を学ぶ(まねぶ)

ずーっと仕事と中小企業診断士実務補習が続いたので、頭の中をリフレッシュしたく、後輩の演奏を見に、久々に大学へ足を運んだ。
 行きの電車で呼んでいたのが『意思決定のための「分析の技術」』(後正武著)。まだ読み始めたばかりですが、まえがきでいきなり惹き込まれてしまった。彼がヨーロッパを訪れた際、ひたすらルネッサンス時代の模写に没頭する画学生がいたそうです。その画学生曰く、「近代の画家は才能とセンスで書くことに重きを置き、先人たちが築き上げてきた「画を描く技術」を著しく軽んじてきた、私はルネッサンス期の画工たちの絵を徹底的に模写することで、その技術を会得しようとしているが、まだまだ先人たちに及ぶべくもない」と。
才能やセンスを否定するものではないが、才能やセンスを表現するためには、まずは技術が必要だ、そのためには先人の業績から謙虚に学ぶことが最も重要、という指摘に大いに頷いてしまった。 業界は違うが、キヤノン電子の社長(御手洗さんではないよ)が技術者時代は、他社ですばらしい製品が出たら、それを分解して徹底的に図面やら回路やらを模写したらしい。そして優れた製品ほどシンプルで美しい構造になっており、学ぶべき点が非常に大きい、といった記述もあった。 また、黒澤映画を支えた作曲家の佐藤勝氏は、見習い時代に師匠(早坂文雄氏)の作品を、楽譜として清書する作業を任せられたが、そこから多くのことを学んだらしい。
 学生時代のサークル活動において(今の現役生もそうだと思うが)、楽曲をコピーしようとした時、原曲を何度も何度も繰り返し聞いて徹底的に完コピを目指したけど、その過程は決して無駄ではないのだな、と改めて感じたとともに、これからも先人の築いたものを謙虚に吸収しまくるぞ、と強く感じた一瞬であった。

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